コラム:世界初の「公海保護条約」が発効へ|生物多様性を守る国際枠組みの全貌
世界初の包括的「公海保護条約」が発効へ ― 海洋生物多様性を守る国際枠組みの誕生
2025年9月20日、モロッコが60か国目として批准したことで、「公海保護条約(High Seas Treaty)」 が発効要件を満たし、来年の正式発効が確実となりました。
この条約は、地球表面の約半分を占め、いずれの国の管轄にも属さない「公海」における生物多様性を守るための世界初の包括的な国際枠組みです。
公海が直面する危機と条約の意義
公海は地球の気候調整に不可欠で、海洋生物の生息地としても重要です。しかし現実には、乱獲・気候変動・深海採掘といった深刻な脅威にさらされてきました。
世界自然保護基金(WWF)のヨハン・ベルゲナス氏は「公海は世界最大の“無法地帯”であり、法的枠組みが不可欠だ」と警告しています。
条約の仕組みと「30x30目標」
本条約は、2030年までに地球の陸地と海洋の30%を保護する**「30x30目標」**の達成に向けた中核的な仕組みとされています。具体的な内容は以下の通りです。
◆公海に海洋保護区(Marine Protected Areas)を設定できる法的プロセスを創設
◆深海採掘や気候工学といった環境に負荷を与える活動の規制
◆技術移転・資金調達メカニズム・科学協力体制の整備
◆合意形成は締約国会議(COP)によって多国間で行う方式を採用
条約発効から1年以内に最初の会合(COP1)が開催され、実施方法や資金面、監視体制についての具体的な取り決めが進められる予定です。
課題 :大国の参加と実効性
現時点で、米国・中国・ロシア・日本といった大国は批准に至っておらず、実効性を危うくする要因とされています。
◆米国と中国は署名は済ませているものの批准はしていません。
◆日本とロシアは準備協議に参加してきましたが、批准には踏み切っていません。
国際自然保護連合(IUCN)のギジェルモ・クレスポ氏は「大規模漁業国が参加しなければ保護区の実効性は弱まる」と指摘しています。
また、この条約には独自の国際的な強制執行機関は存在せず、各国が自国の船舶や企業を取り締まる責任を負う方式です。そのため、より多くの国が批准することが不可欠とされています。
海洋生態系と各国への影響
海洋生物は国境を越えて移動するため、公海での環境破壊は沿岸国の水域にも直接影響します。
国際天然資源保護協議会(NRDC)のリサ・スピア氏は「魚類やウミガメ、海鳥などは広範囲を移動する。公海での健全性は各国沿岸の海の持続性と直結している」と強調しています。
海洋探検家のシルビア・アール氏も「批准はゴールではなく通過点だ。現状のまま海を使い捨てにすれば、人類自身がリスクにさらされる」と警告しました。
島嶼国にとっての前進
小さな島嶼国にとっても、この条約は大きな意味を持ちます。
バヌアツのラルフ・レゲンバヌ気候変動担当大臣は「海に関わることはすべて我々に影響する」と述べ、意思決定への参画を「歴史的前進」と評価しました。
まとめ :公海保護の未来へ
「公海保護条約」は、これまで規制が不十分だった国際水域を守る歴史的な第一歩です。
しかし、実効性を担保するには大国の批准と各国の積極的な執行体制が欠かせません。地球規模の課題である海洋保護は、一部の国だけでなく国際社会全体の協力によってのみ達成されます。
今後の実施プロセスと各国の動向に、世界の注目が集まっています。