コラム:国連「プラスチック条約」交渉に業界ロビーが大量参加 生産削減の合意が遠のく恐れ
2025年8月、スイス・ジュネーブで開かれている国連の「プラスチック条約」交渉に、石油・石油化学・プラスチック業界から234人ものロビイストが参加していることが明らかになりました。
この人数は、EU加盟27か国の代表団を合わせた人数を上回り、科学者や先住民の代表を大きく凌ぐ規模です。
環境団体や専門家は、こうした業界ロビーの存在が、条約の核心であるプラスチック生産削減や有害化学物質の規制強化を骨抜きにする恐れがあると警告しています。

背景:プラスチック条約交渉の目的
国連の「プラスチック条約」交渉は、世界的なプラスチック汚染を防ぐための国際枠組みをつくることを目的に、2022年から始まりました。
交渉は段階的に行われ、2024年12月に韓国・釜山で最終合意を目指していたものの、各国の対立が激化して合意に至らず、今回のジュネーブ会合での再挑戦となっています。
議論の焦点は以下の3点です。
1.プラスチック生産量の削減目標を設けるかどうか
2.有害化学物質の管理や禁止をどこまで行うか
3.条約の実施資金をどのように確保するか
これらは単なる環境問題にとどまらず、石油・化学産業の利害や国際貿易の構造とも直結しており、交渉は常に政治的・経済的な駆け引きの場となっています。
業界ロビーの規模と影響
国際環境法センター(CIEL)の分析によれば、今回の会合には業界ロビイストが過去最多の234人参加しています。
さらに、そのうち19人はエジプト、中国、イラン、カザフスタン、チリ、ドミニカ共和国などの政府代表団メンバーとして交渉に関与しており、条約草案の文言づくりにも直接関与できる立場です。
会場では公式の交渉以外にも、業界団体主催の非公式サイドイベントや交流会が頻繁に開催され、参加国の代表と接触する機会が設けられています。
CIELはこれを「企業による交渉支配(corporate capture)」と表現し、過去の気候変動交渉における化石燃料業界の影響力と同様の懸念を示しています。
対立する二つの陣営
ジュネーブ会合では、大きく分けて二つの陣営が対立しています。
◆高い目標を求める国々(約100か国以上)
EU加盟国やアフリカ連合、太平洋諸国などが中心で、世界的なプラスチック生産量削減目標を明文化し、有害化学物質の厳格な管理を盛り込むことを主張しています。◆生産削減に反対する産出国グループ
ロシア、サウジアラビア、イランなど石油・プラスチック主要生産国は、削減目標に反対し、リサイクルや廃棄物管理といった「下流対策」に焦点を当てるべきだと主張しています。
このグループは「同じ志を持つ国々(like-minded group)」と呼ばれ、交渉全体で強い影響力を持っています。
米国の方針転換
米国は世界第2位のプラスチック生産国で、これまで生産削減に理解を示していました。
しかし今回の交渉前には、業界と連携した文書を他国に配布し、生産削減に反対する立場を鮮明にしています。
一部報道によれば、交渉前の事前協議では、市民団体や科学者とは会わず、業界関係者のみと会合を行ったとされています。
環境への影響と緊急性
国連環境計画(UNEP)によると、世界のプラスチック生産量は1950年代以降200倍以上に増加しました。
このまま対策がなければ、2060年までにさらに3倍に達すると予測されています。
マイクロプラスチックは人間の血液や臓器にも検出されており、海洋生態系だけでなく人体への影響も懸念されています。
今後の見通し
交渉期限は2025年8月14日ですが、合意に至らない場合は、志を同じくする国々が独自に協定を結ぶ動きや、国連以外の枠組みでの合意形成が進む可能性もあります。
環境団体は「この交渉はプラスチック汚染に対するパリ協定のような歴史的合意になり得るが、業界ロビーの影響でその可能性が危ぶまれている」と警告しています。